畑村洋太郎氏の2000年に刊行された単行本「失敗学のすすめ」の94ページに以下の文章が記されている。
『失敗情報が減衰することを示す典型例をもう一つあげましょう。昔から何度となく大規模な津波被害を受けてきた岩手県三陸海岸を歩いたときに実際に見聞した話です。津波というのは、海底地震や海面への氷河や岩石の崩落によって発生した海面が伝わり、高い波となって海岸に押し寄せるもので、天候に起因する高潮とは区別されます。入り組んだ海岸線を持つリアス式海岸では、先に来た波が後ろから来る波に追いつかれて徐々に波高を上げていくという現象が起こりやすく、V字型湾ないしU字型湾の湾奥にある集落に大きな被害をもたらします。三陸海岸は、津波被害を受けやすいリアス式海岸であるばかりか、沖には地震の巣である日本海溝があるため、世界一の津波常襲地帯として知られ、何度となく津波被害を受けてきました。津波は学術用語として「Tsunami」で世界に通用します。その三陸海岸の町々を注意しながら歩いてみると、あちらこちらに津波の石碑を見つけることができます。大規模な津波が押し寄せるたびに作られたもので、犠牲者も多かった古い時代の石碑は慰霊を目的にしていました。その中には、教訓的な意味合いが込められたものもあり、波がやってきた高さの場所に建てられ、「ここより下には家を建てるな」という類の言葉が記された石碑も少なくありません。九十五ページの写真を見てください。この石碑にはここより下に家を建てるなと書いてあるのに、そのすぐ下に家が建っているのです。日々の便利さの前にはどんな貴重な教訓も役立たないことを物語っています。昔から伝わるそんな忠告を人々が忠実に守り、いまでも石碑より下には絶対に家を建てないなど徹底した津波対策をとっている地域ももちろんあります。かと思えば別の地域では、便利さゆえに先達たちが残した教訓を忘れて、人が次第に海岸線に集まっているところもありました。そんな地域もいまでは防潮堤がつくられるなど対策がとられていますが、その昔は教訓などまったく忘れたある日、再び突然やってきた津波ですべてが押し流されてしまうということもあったのです。その経験もやはり石碑に教訓として刻まれたりしますが、それでもなお一部の地域では便利さゆえに海岸線に住み続けています。このように、一度経験した失敗がごく短期間のうちに忘れられ、再び同じ失敗を繰り返すことは珍しくありません。三陸海岸という津波常襲地帯で行われてきた過去の例にも、「失敗は人に伝わりにくい」「失敗は伝達されていく中で減衰していく」という、失敗情報の持つ性質がはっきりとうかがえます・・・・・』
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今回の東北地方の震災は不幸にして、昔の失敗情報が正確に伝わっていなかったという最悪の実例になってしまったようだ。
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