北川フラム氏による、愚の講座も六回目、これが最終回となる。しかし学びはようやく緒に就いたばかりか、いや入り口にも立っていないようなもどかしさを感じる。芸術がこれほど深いものを提示しているということは正直この講座に出て始めて理解できた。だから芸術なのだろうか。取り組み方によって芸術は非芸術にも芸術にもなる。諦めずに学ぶことにしたい。
311は日本国民すべての問題である。衝撃的な映像をほぼ全ての国民が見て、これを避けては通れないものになった。被災していない人たちもこれを共通の体験として受け止める必要性がある。新潟の弱さは行政の枠組みの中でしか(芸術祭が)出来ていない。もっと市民レベルで問題意識を持って取り組む必要性。そして学ぶ必要がある。補助金付けでは育たない。
(四国の玄関口)高松は企業経費の2〜3割が来て潤っている。新潟などの都市もいなかに比べると、自前の苦労をしなくても、まだまだ余得がある。補助金などに頼るNPOや市民団体が多く、危険な兆候だ。タフな若者が出てくるか疑問だ。戦後日本が作り出してきた余得を食いつぶしている状況が続くが、これからはそうはいかなくなって来るであろう、と。
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