私のハガキやカレンダーを愛用していただき、一つ一つの写真について心温まる感想をしたためたお手紙や、ハガキをくださった梅田千代さんが他界されてから半年以上経った。
お亡くなりになったのを知ったのは新潟日報の惜別欄でだった。
年始めに、差し上げたカレンダーの御礼を頂戴し、その後お電話もいただき、1月20日にお書きになった葉書が届いて、数日後に他界された。
千代さんはことあるごとに、ご連絡くださった。
とてもとても丁寧な方で、最後のハガキは4泊5日で万代さくら園の5階から萬代橋を見ながらしたためていると書かれていた。
新潟で勇気と元気をもらえる大切な友人であった。計算してみると27年前に他界した私の母親と同じ年齢。不思議な縁であると今更ながら思う。
再開発で出来た今の住宅地に家を造り、最初の自治会長をさせていただいていた頃、再開発のエリアの一角の県有地で撮影していた手塚眞監督「白痴」(原作:坂口安吾)の映画のエキストラとして手を挙げられて、出演されたのがきっかけだった。その後も私がスチールの撮影をさせてもらった「降りて行く生き方」にも出演されていて、その姿勢にはとても感銘を受けていた。
千代さん、勇気と元気を与えていただきありがとうございました。
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